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  「縁は異なもの味なもの」という諺があります。この言葉は主に男女の結びつきに使うようです。だが中国にはもっと使用範囲が広い「有縁千里来相会、無縁対面不相識」というのがあります。

これは「縁があれば千里離れていても会うし、縁が無ければ目の前にいても知り合うこともない」です。流石中国らしい対句を使った文学的表現です。さらに「千里姻縁一線牽」があって、これは「姻縁があれば、千里離れていても一本の(赤い)糸で繋がっている」というものです。こういう表現は、残念ながら中国の方が上ですね。

「千里送鵝毛、礼軽情意重」という有名なものもあります。

はるばる送くから鵝毛(ガチョウの毛)のような軽少なものを送り、その品物はわずかでも、志は厚いものがある。要するに金額より気持ちを言っている訳です。「お粗末ですが・・・・・」より気が利いてますね。

「千里行始於足下」

これは水前寺 清子の歌になってます。「千里の道も一歩から」

「千里江陵一日還(かえる)」

李白の詩です。朝(あした)に白帝城を発し・・・・・。だけど一日で往復は無理という説がありますが、まあそんな詮索はよしましょう。

「千里眼」

これは日本語でも言います。遠く離れたものを知る能力、転じて洞察力のある人、識見の高い人。

「千里馬」

一日に千里を走る馬(中国の一里は500メートル)。何故かこの名の薬のチェーン店があります。いわれは知りません。この千里馬から「千里馬常有、伯楽不常有」千里馬はいつもあるが、その馬を見つける人「伯楽はくらく」がいつもいるとは限らない。「伯楽」は中国周の時代の馬を見分ける名人。「馬喰ばくろう」の語源ともなっている。能力のある人も、その能力を知る人がいないと、人材が埋もれてしまう可能性があります。

経営者も極端な話「伯楽」の能力さえあれば、経営を上手くやっていけるかもしれません。

そうそう千里と言えば「惚れて通えば千里も一里」の経験が、私には残念ながら一度もなく、この年になってしまいました。

追伸

中国の諺に関した話がまとまりましたので、来春には出版いたします。

その折にはよろしくお願いします。

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