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 能書

私の年代の人間は、子供時代に何も習い事をしていない人がほとんどです。今のような学習塾は勿論ありませんしせいぜいソロバン塾が有った位です。だが何か習う事が出来たのならやっておけば良かったのにと思うものが三つあります。

それは、音楽・絵画・習字です。

まず音楽は具体的には音符が読めて、何か楽器が弾けたら良かったのにと思ってます。それは、バイオリンとか、歌にもなった「もしもピアノが弾けたなら」は無理としても、せめてギターでも十分です。だが当時誰でも吹いたハーモニカの腕前からして私には楽器は何をやっても駄目だったでしょう。

次の絵ですが、これもせめて風景のスケッチ位が出来たらと思います。そうすれば、年賀状の図案に迷う事も無く、旅行の思い出も一段と深くなったのにと思います。だがこれも当時の工作の成績はともかく、図画の出来からみて無理だったでしょう。

さて最後の習字ですが、これは本当に習っておくべきと、深刻に考えてます。子供の時から字が下手で、この年になっても披露宴の会場の入り口で、筆で署名なんて言われただけで、そのまま帰ってしまいたくなります。こんな時に達筆の人をみると本当にうらやましくなります。得意の人はこれだけで、出席した甲斐が有るというものです。だからいっそのことそんな時に、今まで一度も使ったことのない日本語で「能書きですねえ」と言ってみますか。

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 ネクタイ

クールビズの季節となり、私のようにネクタイが苦手の人間は大助かりです。このネクタイについて、次のような思い出があります。

今から半世紀も前に「野郎どもと女たち」という、ミュージカル仕立てのアメリカ映画がありました。マーロン・ブランド、フランク・シナトラ、ジーン・シモンズ、などが出演してたと記憶してます。ストーリーは忘れましたが、妙に憶えている場面があります。

 それは主人公が隣を歩いている友人のネクタイをいきなり握ってその友人が締めているネクタイの柄を言わせるのです。ところが当の本人は自分のネクタイの柄を答えられなくて、賭け金を見事に取られてしまうのです。

 この話、男性の方なら案外思い当たりませんか。

というのも朝ネクタイを決めるのに、いわば義務的に選んだりしますと、この映画のような事が有り得るのです。

これがもし女性の場合だったりこんな事は起こりません。

その理由として、私にも次のような経験があります。

最初に書いたようにネクタイが不得意の私は、せめてささやかな抵抗としてネクタイに少し遊びを入れています。

それは何かといいますと買うネクタイにキャラクター入りの物を選んでいるのです。だからドラエモン、トトロ、ミッフィ、ビリケンさん等の柄入りのものを何本か持っていて、時々それを締めています。

 しかし不思議なことに、この変わった柄に気が付く男性はほとんどいません。(なるべく目立たない柄を選んでますが)ところが女性は必ず気付きます。ある飲み屋では、孫がミッフィのファンだから是非下さいと、危うく取られそうになったこともあります。

さて以上のようなことから、男性が相手のネクタイをほめるには、かなりの注意力が必要という事が、お判り頂けたと思います。

 

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 盗むや憎いなど

 もしもテレビの笑点の大喜利で「盗めないもの」が出題されたとします。するとこ小遊三さんは「どんな美女も、僕の心は盗めない」のような答えをするでしょう。円楽さんは「歌丸師匠の芸を盗もうとしたが、どうしても盗めなかった」とか言って、座布団の二、三をせしめることでしょう。

 このように本来は、マイナスのイメージのある言葉でも、使い方によってプラスの意味になるものが数多くあります。以前書きました「チョイ悪」なんかもそうですし「死」という言葉も「死ぬほど愛している」なんて使い方をすれば、立派に使えます。

 そんな中で「憎い」という言葉は、特に多用されるようです。

 かって大相撲には、風貌や態度からして憎らしい位強い横綱が何人かいました。そんな中には本当に嫌われてしまって、本国に帰ってしまった人もいます。しかしそんな横綱の中でも「巨人、大鵬、玉子焼き」と言われただけあって、大鵬関などは、強かったけれど憎らしいとも、ましてや嫌いとは言われなかったようです。

 そう言えばその巨人軍にも、王選手という人は、アンチジャイアンツ派からすると、本当憎くらしい位打ちました。だがこの人を嫌いだという人は、ほとんどいなかったような気がします。なんせ打ったヒットの3分の1がホームランのような人では、プロ野球ファンならずとも、嫌いとは言えないでしょう。

 こんな事を考えていたら、今までぼんやりと人生を過ごした私などは、せめて一度位は、女性に「憎い人」とか「悪い人」とか言われてみたかったなぁ。

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 似ている

 私の若い頃の仲間に、女性とお友達になる(ナンパ)が、とても上手い男がおりました。その彼の常套の手口は、出会いの最初に「貴女は誰々(主に女優の名前)に似ている」か「似ていると言われない」でした。

 ある時この彼が居ない時に、この話で盛り上がり、そのまま或るスナックに入りました。その店は私は始めてでしたので、私がこの手口の実行犯に指名されました。ところが店のママが誰に似ているのか、全然浮かびませんでした。そこでなんとなく感じだけで「小柳ルミ子に似ていると言われません」とやりました。ところが驚くことに「そう時々お客さんにそう言われるの」と上機嫌で答えるではありませんか。同行の友人達は下を向いて、笑いをこらえている風でした。

う~ん、矢張りこの手法を使う奴が他にもいるのだと、感心した記憶があります。この出来事を我々は今でも「小柳ルミ子事件」と呼んでいます。

 しかしこんな古典的手法は、今でも生きているようです。先日も若い男性が「前田敦子に似ているね」とやっている現場を見ました。私も久し振りにある御婦人に対して「八千草薫さんに似ていると言われません」をやってみました。まんざらでもない御様子でした。

 ところでこの「似ている」は、私が今さら申し上げるまでもなく、引き合いに出すタレントは、誰からも好感を持たれる人に限ります。だからCMに多く登用されるような人なら無難でしょう。その点吉永小百合さんなら大丈夫でしょうがT大出身のKさんなんかですと嫌う人もあるようですので、要注意です。きれいな人なら誰でも良いとはいかないようです。もっともこんな初歩的なことは、この発信を読んで頂いている男性の皆さんには無縁ですね。

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 名前と姓 その4

 前回の「李」「王」「張」「劉」という姓をほめる方法として以下のような言い方が考えられます。

 まず「李」は「李白」の李で決まりでしょう。中国では「杜甫」を詩聖と呼び、李白は詩仙と呼んでいます。日本でも好まれている大詩人です。

 王さんは、ずばりキングも面白いですし、詩人なら「王維(注1)」もいるし、女性なら「王昭君」も(注2)も喜ばれます。

 張さんは、三国志の「張飛」も悪くないが漢の高祖(劉邦)の功臣として、中国人に人気のある「張良」の方が良いかもしれません。

 劉さんは、この劉邦以外に「劉備」も日本人にも人気です。なお中国人には、後漢の初代皇帝の光武帝「劉秀」も非常に有名です。

在位30年に及んだのだから、傑作した人物だったのでしょう。

 以上のような教科書的でない言い方を、私が特にお勧めするのは、以下の理由からです。

 一つは勿論目の前にいる人の同姓の先祖は、非常に立派な人である事を褒めています。

もう一つは、日本人でも中国の歴史や文化を知っていることを伝えたいのです。

 このことは、立場を変えて、中国人が源氏物語や家康を知っていることを想像すれば、分かって頂けると思います。

 もっともこの方法を実行するには、例えば中国人の多い姓に対してあらかじめ答えを用意する必要があります。(曹・董・高・江・廖・唐・呉・余など)

注1・王維。渭城の朝雨は軽塵をうるおし・・・・・・の「陽関三?」で日本でも知られている。

注2・王昭君。中国四大美人の一人。歌や詩の題材ともなっていて中国人で知らない人はいない。 

 

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 名前と姓 その3

 前回の黄さんという人に、黄色の黄さんと言っては,何故いけないかは次の通りです。

中国では黄色の衣服は、かつては皇帝しか着用を許されない禁色でした。だから元々は良い意味だったのです。ところが多分英語の影響でしょうか本来の黄色の意味だけでなく,腐敗した,扇情的等の意味を持つようになりました。早やく言えば、エログロの意味です。だから黄色小説といえばポルノ小説で、黄色電影はポルノ映画のことです。こんな意味が有っては、黄色の黄さんと尋ねては不味いでしょう。

 それではどう言うのが良いでしょう。

 私の推せんの第一は「黄帝の黄さん」です。この黄帝は、伝説では文字や養蚕などを教えたともいわれ、漢民族の祖にあたる人です。 

 最近もこんなことがありました。中国人の多いある宴席で、初対面の黄さんに会いました。そこで早速この黄帝の黄さんをやりました。するとこの黄さんは上機嫌で「そう・だからこの席にいる人皆んな私の家来だよ」と呵呵大笑しました。

 つぎのおすすめは、中国人(日本人も)大好きな黄金すなわちゴールドの黄さんでしょうか。実際中国人の金(キン)に対する執着は、日本人の想像を越えます。その他黄河の黄さんも悪く無いでしょう。 

 以上は筆談でも充分使えます。

 さあそれではここで問題です。

 以下の四つの姓の人に会った時に、何と言えば相手を喜ばせることが出来るでしょう。

 「李」「王」「張」「劉」(この四つの姓の合計は、日本の総人口を軽く(越える位に多い姓です)

 

*教科書的には「木と子の李」「三本横、一本竪の王」「弓と長の張」(劉は複雑なので省略)と言って説明します。

 

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 名前と姓 その2

 今回から例によって中国ダネの話で、しかもいささか長いのを御容赦下さい。

 中国では女性が結婚しても姓を変えない、夫婦別姓であることは知られています。これは姓が血統を表すという考えと深く関係しています。そんなことから、姓が同じ者どうしは結婚しないという「同姓不婚」という習慣も残っています。(韓国でもそのようです)。それから例えば陳という姓であったら他人で有っても先祖は同じであるという考えもあります。それを「五百年前是一家」といいます。これは同姓ならば、五百年前は同じ釜の飯を食べていた家族という意味です。

 このように姓を大切にしていますから例えば王という男が何か大事な決意をして(仇討ちとか)それを実行出来なかった時に「我不姓王了」すなわち「俺は王という姓をやめだ」といいます。又うそをつくと、日本では坊主になるとか、針千本飲むとか言いますが中国では「姓を変えるぞ」すなわち「改姓 」だといいます。

 さて前置きが長かったですがここから本題に入ります。中国人の姓の数は日本のように何万もなく、俗に「百家姓」というように、普段出会う姓は何百位です。しかもほとんと一字姓の「単姓」で「諸葛孔明」のような複姓は非常に少ないです。

 こんなこともあり初対面の時に単姓では同音も多いことから相手の姓を確かめる独特の方法があります。大体は漢字を分解して説明します。

林さんなら二本の木の林ですといった具合です。それ以外には良く知られたもので手取り早く代用します。

 そこで例えば「黄」という姓に会った時に、私もやった失敗ですが、「黄色の黄さんですね」とやったとします。

 実はこれが良くないのです。その理由は次回にお話し致します。

(ヒント Yellow)

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 名前と姓 その1

 

 我が国では、江戸時代に名字帯刀という言葉があったように、一般庶民には名字がありませんでした。それだから弥次さん喜多さん、与作、与太郎だけです。これが明治になってやっと誰でも名字というものが付きました。そんなこともあってか名字に血統とか一族という概念をあまり持たないようです。宮本村だから宮本武蔵とか、秀吉などは姓も名も何度も変えています。

 これに対して、名前を付けるに際しては現代の親達も様々の想いをこめているようです。指揮者の小澤征爾さんの名は、板垣征四郎と石原莞爾から採っていることはよく知られています。東条にあやかって英機という名の人もいました。きっと子供の時は良い名前ですねと、ほめられたはずです。それが後に、板垣や東条はA級戦犯となり、刑死するとは、思ってもみなかったでしょう。

 そういえば、私の高校の同期生に南山雄というのがいました。ヨシオと読ませたようですが漢詩から採ったことは間違いありません。

(悠然として南山を見る)だからでしようか、国語の教師が良い名前だと大変ほめていたことを憶えています。

 さて女性と言えば、以前は「子」が付く人がほとんどでしたが、最近はすっかり減りました。そして私の年令では、多分お裁縫が上手にという願いもあってか、糸偏へんの付く名前が多かったような気がします。「純」「絢」「絹」「綾」「縫」等です。

 そういえば、百人一首の歌からつけた「天津乙女」という女優さんもいました。これに比べて今の宝塚の人の芸名は、趣が無いと思うのは、私だけでしょうか。

 いずれにせよ子供の時にほめられても大人になって後ろ指をさされるようになっては名前が泣きます。その点、小澤さんや野茂英雄投手のように名前など関係ないかその名の通りになれば、言うことありません。

 

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頭髪

年を取りますと、目や歯だけでなく、体の内と外の全てに加齢現象が現れるのは自然の摂理でしょう。しかし頭髪に関しては、どうも各人の耐用年数に、大きな差がある様です。棺の中に納っても、まだまだ十分の方も多く見受けます。

 私に関して言えば、最近も年輩の御婦人から矢張り冬は帽子が無いと寒いですか?という御質問を頂きました。そんな私がほめる言葉として、このタイトルを選んだのは、的外れですが、まず女性から申し上げると、

 髪は女の命とか、緑の黒髪というように女性にとっては、黒い髪がいつまでもあることは大切なことです。だから幾つになってもつやつやした黒髪の持ち主は、自慢でもあります。これをほめない手はありません。

一方男性に関しては、アート何々とか、リーブ何々の宣伝を見ても量的に有るか無いかが大問題です。だから年の割りに豊かな人は、大いに誇ってよいでしょう。

 ですがここから私のまったく個人的意見に移ります。

 日本人だけがこの有無に、異常にこだわるのではと思っています。その証拠に、ソ蓮のゴルバチョフやプーチン大統領にしても、これを話題にしているとは聞いてません。中国でも以前201とかいう漢方薬が評判になりましたが、今はまったく聞きません。

 その点日本では、万才やテレビの笑点でも、相変わらずこのような身体的特徴を、笑いの種にします。私はこれは芸 として、レベルが低いのではないかと、大いに感じています。

 まあ無い者のひがみと受取られても仕方ありません。そこで中日ドラゴンズの和田選手の今年の大活躍を期待して、この話題を終わりに致します。

 

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 伝説 

 世界のジョークに、次にのようなものがあります。

 豪華客船が座礁して、乗客乗組員が船から離れることになりました。しかし救命ボートの数が足りません。そこで女性、子供老人を優先して、荘健な男性には、海に飛び込んでもらうことになりました。その時船長は

ドイツ人に対しては「飛び込むのが規則です」

イタリア人には「飛び込むと女性にもてます」

イギリス人には「紳士はそうします」

アメリカ人には「英雄になれます」

日本人には「みんなそうします」

ところでこのパターンに現在のところ、中国人が入っていないようです。作るとすると、こんなのでしょうか。

「伝説になりますよ」もしくは「歴史に残りますよ」

中国人(漢民族)は、自ら「炎帝」「黄帝」の子孫と信じているように、歴史大好きの国民です。そして(共産党)政権にとって、都合のよい歴史解釈を持って、チベット、台湾、尖閣諸島等の問題を論じるのは、衆知の通りです。だからそんな歴史教育を受けている人々に、K市長のように南京事件を持ち出せば、どうなるかは分かり切ったことです。

 さてもう一つは

「飛び込めば金持ちになれますよ」でしょう。これも最近のことですが、中国で長年日本語を教えていた人の話しです。生徒に日本語の作文として「私の夢」という題で書かせたそうです。するとほとんどの生徒が「金持ちになること」というテーマで答案を書いたそうです。

 やれやれ「阿堵物(あとぶつ)」なんて言葉まで作った人の子孫が、今ではこうなってしまったようです。

 

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