言葉の最近のブログ記事
前回のゴルフの話をある人にしたら、ある種の会員権は、持っている事に価値(ステータス)が有るのであって、そんな人にとっては、相場が何千万円と上がろうが下がろうが、関係ないよと言われました。そう言えばブランド品なんかも、その部類に入るのかもしれません。なるほど世の中には、そんな人種も存在するのだと、我が見識と懐の貧しさを痛感しました。
閑話休題、一般のサラリーマン、ウーマンにとっては、「儲ける」という言葉は、株や競馬、パチンコ、宝くじ等に使って、ボーナスなどでは言わないようです。というのも、儲けるという言葉の反対に、損するという言葉もある故でしょうか。
それに比べて企業にとっては、儲けイコール利益こそが生命線です。そしてその利益は損益計算書上では、売上(高)総利益、営業利益、経常利益、当期利益となり、特に当期利益を重要視します。又これらを売上高で割ると、それぞれ何々率と呼ばれます。
さらに売上総利益率はアラリ率とも呼び、最も基本的な利益率ですが、業種別には横並びとなります。その理由は皆さんに一つお考え頂きたいと思います。ちなみに自動車メーカー(単体)のそれは、かっては見事に20%前後でした。最近はマツダ、日産、三菱などはこれを下廻り、特に三菱が悪くなっています。なお他の業種では、例えば飲食業では60~70%も有るのが普通です。これも吉野家より木曽路の方が高いのは容易に判ります。その他なんと100%近い業種も有りますが、それは私にはもう(今までも)縁の無い○○のような業種です。
また売上総利益率が高くても、営業利益率が極端に下がれば、それは販売費の中の人件費や時には支払家賃等の負担が大きいことを表わします。
夢といえば、宇宙旅行の記事には常套語として、人類の夢という言葉がよく出ます。或いは神の領域に入るやもしれない「生命の創造」も そうかもしれません 。
だけどこのような夢であっても、実現不可能と証明されたものとして、子供の頃に読んだ本に、以下のようなものがありました。
先ずは古代エジプトからの、卑金属を貴金属に変える「錬金術」です。ついで一旦動き始めると燃料などの助けも要らない「永久機関」があり、そして権力者が特にあこがれた「不老不死」です。
こんな昔の話を思い出したのも、実は最近の出来事が引金です。それは意外と思われるかもしれませんが、私にとっては「マルチ商法」であり「サブプライムローン」なのです。 これらは、無から有を生みだす。誰もが儲かる。不動産は永遠に値上りする。かねはかねを生み出す(残念ながらこれは、ある部分は事実です)と言っているように思えます。
だが前者の錬金術等の夢は、まったく無意味では無かったと思います。これから出発して、化学、科学、医学等の進歩に、大きく役立ちました。養殖真珠や工業用人工ダイヤ、省エネ技術、予防医学などは、これらの延長上に有ると言えなくもありません。
しかし後者は経済学の参考になるかもしれませんが、夢がありません、ロマンもありません。汗をかくことなしに儲けたい。他人の儲けるのは黙って見ていられない。そして何よりそこには 付加価値 がまったく存在しないからです。
こんな視点からみれば、かって単なる利用権に過ぎないゴルフ会員権のバブルなども、ぴったり当てはまります。
しかし現代の「錬金術」に類する話は、人間に 儲けたい という欲望がある限り、これからも無くなることはないでしょう。
誰の言葉だったか知りませんが、「科学的に考えるということは、分類して考えること」は、なるほどと思います。
交通事故を例にとれば
車に起因するもの … ブレーキ、ハンドル、タイヤ等
人に起因するもの … 運転技術、飲酒運転、信号無視、スピード違反等
その他 … 雨、雪、道路状況等々
があります。これによって事故を減らす対策も立てられます。
この、分類して考える方法は、そのまま企業会計や家計にも当てはまります。
会計事実(簿記用語でいう取引)を記録整理するのに、「現金」「売上」「仕入」「給料」「水道光熱費」等々の勘定科目を設けて、それらに分類して金額を記入します。この勘定科目を仕訳という絶妙な方法で日々記録します。そしてこの勘定科目は、「資産」「費用」「負債」「純資産(資本)※」「収益」の5つの大きな分類のいずれかに帰属します。これにより自動的に貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)の決算書が作成されます。
これは何でもないようですが、すごいことです。かの文豪ゲーテが「簿記は偉大な発明」だと言っていますが、確かにそのとおりです。私もその昔、簿記の勉強をしていたときは、問題を如何に解くかに気を取られていましたが、今になってその良さを再認識している状態です。
※ 会計の勉強を始めた人にとっては、この資本項目は判り難い部分です。これが「純資産」と名称が変わり、簿記嫌いがまた増えるのではないかと心配しています。要するに資産と負債の差額概念と考えると、少しは判り易いかもしれません。
落語の世界では、与太郎や熊さん八っさんは、知らない事は知らないと素直に言ってます。ところが御隠居さんや大家(おおや)さん旦那衆などは、そうはいきません。そこでそうした人達が、知ったか振りをすることから起る出来事を、笑いの種にする落語が数多くあります。NHKの朝の連続ドラマの題名となった「ちりとてちん」もそうでした。「おなら」を医者が「転失気(てんしき)」はあるかと和尚に問い、和尚がわかったふりをして応対する面白い話もあります。
さて私も講師のはしくれをやってますので、知らない事を聞かれ立往生することがよくあります。知っている事でさえ上手く説明出来ると限らないのですから当然でしょう。一例を挙げると「税効果会計」という用語があります。この言葉は今だに簡潔に説明することが出来ません。大体この日本語自体が、誤訳だと私は思ってます。企業にとってメリットも無いのに「効果」という字が使われてます。調べてみますと、英語の「TAX EFFECT]を訳したものでした。この場合の「EFFECT」は「効果」でなく「影響」と訳すべきだったと思います。従って「税影響会計」とするか、内容から「税金繰延会計」位に意訳すべきではないか……他にも「資本的支出」は「資産的支出」とすべき……
さて話を元に戻しますと、この年になるとあまり見栄を張る必要もなくなってきましたので、知らない、分からないと開き直る位の気持になってきました。だから「学びて知らざるを知る」ではなくて、世の中知らない事の方がはるかに多い、と割り切って考える今日この頃です。(と勉強不足を棚上げしてます。)
さあ、ここで若い人に対してクイズです。以下は私が最近経験した漢字の読みです。
「石見銀山」 「石和温泉」 「厳島神社」 「三和土」 「紫陽花」 「法令遵守」
よく知られている言葉に「知人10万、友人100万、信者1億」というのがあります。これは説明するまでもなく、知人、友人、信者、それぞれの価値がそれ位あると言っているのです。
確かにある種の宗教の財力や、以前のオウムのような優秀とされる人が、あのような反社会的活動までするのを見ると、決して1億円も誇張でないような気がします。
ところが今回の赤福の営業再開時の人気を見ていると、この言葉に「フアンうん万円」を追加したいと思うのは、私だけではないでしょう。
さらに企業もフアンを沢山持つべきと思わずにいられません。だってプロ野球なんかも、負けても負けても見捨てない某球団のフアンや、金に飽かせて選手を補強しても、フアンなりやこそ、非難どころか、優勝の期待が膨らむのです。
さて、私自身の話しに戻しますと、この年まで生きてますと、知人は何百人かいますが、友人と呼べるのは数少ないですし、信者は残念ながら一人もいません。
フアンもおそらく、ボランティアでやっている某講座の受講者の中の数人位でしょう。いや、これもひょっとすると、零かもしれません。
特に私の最も身近かにいる人を、フアンにする努力を怠ったつけが、最近とみに顕著です。
もしフアンだったら多少の誤ちが有っても、大目に見て呉れたでしょうに。
前回のカーネギーの「人を動かす」という本に関係して、私はこんな風の分類を考えてみました。
S.A :( スペシャル 又は スーパーA )
この本を読まなくても、この本が説く事を実行している人、実行出来る人。
A : この本を参考にして、実行する人、実行しようとする人。
B : 読んだ時は感心したが、実行もしないし、すぐに忘れてしまうような人。私も含めておそらく一番多いタイプ。
C : 読んでは見たが何も感じなかった人。(但し、この内には非常に個性あふれる人も存在する)
D : 読んだか、読まないかに関係なしに、この本の説く事と反対のことばかりして、損ばかりする人。
なお 以上の他に
この本とは無縁に生きて、いわば天衣無縫に振る舞って、しかも人を魅了出来る S.A 。
例えば、車寅次郎こと寅さん、釣りバカ日誌の浜ちゃん、はだかの大将の山下清、テレビで見た事は無い 詩仙といわれる李白のような人達。
もっとも寅さんと李白を同列に扱うのは、異論があると思いますが。
これは欧陽修(おうようしゅう 1007~1072)の言葉で、意味は酔っぱらいの気持ちはもう酒に無く(眠りたい)です。これが後の世になって、いつの間にか私のような品性の無い男どもの、酒はもう充分だからあっち、すなわち「敵は本能寺」の意味に使われるようになりました。文学的表現で露骨でないので、中国出張のビジネスマンに、こっそりこの言葉を教えたりしています。(今回の発信は、出来ることなら女性には読まれたくありません) さてそこで
① 名古屋の桜の名所に、鶴舞公園という処があります。ここは昔ながらのお花見が出来ますので、開花中は大変な人出となります。会社によっては、朝からの場所取りが、新入社員の初仕事となるとこもあるようです。
以前、某会社がここでお花見した時のことです。私も誘って頂いたので参加しました。ところが宴の最中で、私は酔翁となって行方不明となってしまいました。この件では某部長に大変御心配をかけたようで、申し訳ありませんでした。なを現在は、こんな元気はありません。
② 名古屋駅の東に、伏見という町があります。ここに日本三大居酒屋の一つと言われる「大甚」という店があります。近年も文芸春秋のグラビア頁に載りました。ここでいつものように一人で飲んで、ぶらぶら東に向かって歩いた時の事です。明治屋の前で某会社のどなたかの送別会に遭遇しました。よせばよいのにこれに合流してしまいました。このときは一人で帰れないような醜態になったようで、御面倒をおかけしたそうです。ほんとうにすいませんでした。いまはこんな「酔翁之意再在酒」の体力はありません。
といった事で、今の私は酔ってからは、この詩本来の意味でしか行動しませんから、安全かつ安心です。でもこれって一寸つまらないし、寂しい気がしませんか。
「科学とは分類すること」という言葉があります。誰が言い出したのか知りませんが、仲々上手いことを言っていると思います。
例えば交通事故を減らそうと考えます。そこで事故の原因を人に求めると、酒気帯び、スピード違反、居眠り、信号無視、年令等が出てきます。又 発生を 月別、曜日別、時間別、晴天、雨天等に分けることも出来ます。その他 車そのものに原因を探すこともあります。このように分けて考えることによって、事故防止の有効な手段が出てきます。まさにQ.C(品質管理)で言う要因解析です。
我らが複式簿記の世界もまさに勘定科目という分類と、それにより資産、費用、負債、資本(純資産)、収益の五つの大分類が出来、これから貸借対照表と損益計算書へ進みます。
ところで このような分類を人に当てはめると、血液型による四つの分類が、特に根強い人気(?)があるようです。
ところで私は最近こんな分類を考えています。
それはある程度の年令の人の分類に、その人が読書が好きかどうか。好きだとすると、どんなジャンルのものを読むか等です。ノンフィクションかフィクションか、歴史物かハウツー物か、純文学かどうか、古典か現代か、翻訳物か日本のものか等々です。又 好きな作家は誰か等々です。
これらが分かると、その人と話が合うか、気が合うかどうかなどもかなり正確に判断がつく。又結果として、合う合わないが納得出来るのではないかと考えています。但しこの方法は、相手とかなりコミュニケーションを重ねる必要があり、時間が掛かる難点があります。
と こんな話をある人と話したら、その人は ハウツー物は読書に入らないよ と指摘されました。 なるほど。
私は色んなカルチャースクールを受講というより参加した事があります。その中の変り種に「作詩教室」というものもありました。 一回2時間で合計4回の短いものでしたが、今でも記憶に残っているものが2つあります。
その一、講師は地元の高齢の流行歌などの作詩家の方でした。残念ながらこの先生の作詩でのヒット曲はなかったようでした。それはともかく、この先生が絶賛した詩がありました。それは、さだまさしの「精霊流し(しょうろうながし、しょうりょうながし)」でした。これには私も異議はありませんが、好みを言えば他にも「神田川」や井上揚水のものもいいのじゃないかと思います。(最近の歌は知りませんので)
その二、講義の最初に先生が作詩の勉強の為に、是非買うようにと薦めた書籍があります。
さてそれは何でしょうか。一寸考えてみて下さい…。
「国語辞典」でしょうか。いい線ですね。さだまさしさんは、いつもこれを携帯しているとの事です。実はこの先生が強く薦めた本は「歳時記」でした。これは俳句の季語、季題を集めて、春、夏、秋、冬、そして新年に分類し、その解説や例句として有名な句を載せてあるものです。だから日本の風土、生活に関する百科事典のような面を備えているとも言えます。
私は先生の言に従い大部のものを購入しました。しかし残念ながら私が作詩に興味を持ったのはその時だけでした。でも今でもたまに名残りの本を開くと、日本の美しい自然やなつかしい行事もあって仲々良いものです。ただこの美しい風景と共に、日本語として残して置きたい言葉までも、どんどんと無くなっていくような気がするのは、私だけではないような気がします。
あけましてお目出とうございます。
まずは今年の干支(えと)にちなんだ話題を。
英語の rat は大型のネズミで、通例はドブネズミを指して、それ以下は mouse となるそうです。だから日本の家ネズミは
ラットにあたると英語辞典にあります。
このマウスの大スターはなんと言ってもミッキーマウスです。
ディズニー映画に1928年にデビューしたそうですが、今もって子供のアイドルですから大したもんです。
現代ではパソコンの必需品はずばりマウスです。
日本では大黒様のお使いにもなったりしますが、招き猫のような縁起物はないようです。 そして猫にはハローキティや ドラえもんという世界的スターが出現しましたが、鼠には残念ながらミッキーの後継者は今のところないようです。
ゲゲゲの鬼太郎にはネズミ男という小悪党が出てきますが、あれは作者の鼠に対するイメージから創られたのでしようか。
北原白秋の「雨はふるふる、城ヶ島の磯に、利休鼠の雨がふる」と歌われた色は、利休茶(利休色)に鼠色がかったもので、渋い色です。
ことわざとしても「鼠の嫁入り(鼠の婿取り)」は、あれこれ選り好みしても結局変りばえしないことや、「窮鼠猫を噛む」位で
しようか。 「袋の鼠」もあんまりいい意味じゃないし、「鼠花火」は」夏にあまり見かけなくなりました。
「どぶねずみルック」も最近は言わないようです。 食べ物のナマコには「海鼠」という漢字を当てます。
その他中国語では「袋鼠」はカンガルーで「松鼠」はリス、「田鼠」はハムスター、「小家鼠(小白鼠)」はハツカネズミ、
「黄鼠狼」はイタチです。
なお「鼠目寸光」といえば、視野が狭いこと、見識が狭いことをいう成語です。 さしずめ私自身の発想も、年の割には
まさにこの言葉を当てるべきかもしれません。