中国の最近のブログ記事

前回は動物の「蝙蝠」や「鵲かささぎ」と取り上げましたので、今回は食べ物に致します。

まず「うどん」ですが、これは形状が長いために「長寿」や「結婚が長く続きますように」という意味もあります。特に長寿祝いのものは「長寿面チャンショウミエン」といって、年輩者のいる家庭では、誕生日などに食べる習慣があります。

次に「桃」は仙女西王母(シーワームー、せいおうぼ)の庭に生えている桃を食べると、不老不死になるといわれ、吉果とされています。最近、喜多川歌麿が描いた「西王母」の肉筆画が発見されニュースになりましたが、この人物像の後ろにも桃が描かれています。

中国で桃を持った女性の絵が飾ってあれば、まずこの「西王母」でしょう。日本でも中国料理店などで、本物の桃そっくりの菓子(点心)がコース料理の最後とかお土産用に売っていれば、これは「寿桃ショウタオ」と呼ぶもので、本来は老人の誕生祝い用のしんこ細工の桃なのです。

それからどうしても忘れてはならないものに、おなじみの「餃子ジャオズ」があります。

日本では「ギョーザ」と呼びますが、この発音は中国の北方方言が、そのまま日本に入ったものと思われます。

これは「更歳交子グンスイジャオズ」で、新旧の都市が交替する意味もあり、中国の北方地方では、年越しに食べる習慣が強く根付いています。(中国の長江以南の人は、それほど餃子は食べません)

又、新婚初夜の夫妻に半煮え(中国は水餃子ですから茹でてから食べる)の餃子を食べさせて、「煮えているかどうか」と聞きます。

すると答えは当然「生シヨン」です。「シヨン」は生煮えの意味ですが、これは「子供を生む」の意味をかねていますので、それを言わせているのです。それから餃子の形は、中国の古い時代の銀貨(馬蹄銀ばていぎん、元宝ユアンバオ)に似ていますので、お金に縁があります。

皆さんも餃子を沢山食べて、お金の縁を深くして下さい。

もう一つ、中国料理のコースでは、終わり近くに「魚」がよく出てきますが、これは魚の発音が「ユ」で、同音に「余」すなわち「余裕がある」に通じて目出度いのです。特に宴会料理がたりなくなっては招待側の面子は失われてしまいます。

さらに「鯉こい」ですが、発音が「り」ですから「利」に通じ「利が余る」となってさらに目出度いのです。

私はある宴会で、余という姓の人に会ったときに「貴方はきっとお金持ちでしょう」と言ったところ「余裕のない余です」とと達者な日本語で答えられた経験があります。

さてさて縁起にまつわる話は、まだまだありますが、きりがないので、この辺で終わりとします。

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中国人の縁起担ぎの中で、絶対に外せないのは「福」と言う字を書いたものが、逆さまになっていて、壁などに貼られたものです。

皆さんもこれは一度は目にしたはずです。

この理由は既に御存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、念のために御説明致します。

これは「福」の字が倒立している訳ですから、「福倒」です。

この福倒は字形からも分かるように「福到」と同音です。

これで「福が来る」と読める訳です。たったこれだけのの理由で目出度いのです。

同じことは「春」の字が逆立ちしていれば「春到」で「春が来る」となるのです。だから冬になると、お店や部屋に飾る人がいるのです。

こんな実例だけで結論を出すのは、いささか乱暴ですが、中国人の縁起担ぎの大半は、この同音か、それに近いものを「諧音シエイン」と言って解釈するのです。

さてそれでは、中国人にとって蝙蝠(こうもり)が吉兆とされる理由が、皆さんお分かりですか?

ヒント1.「蝙蝠」は中国語で「ビエンフー」と発音します。

ヒント2.「蝙ビエン」の同音に「変」があり、「蝠フー」の同音に「福」があります。

さあこれでお分かりになりますよね。

「ビエンフー」は「変福」になって「福に変わる。仕合わせになる」となって目出度いのです。(「遍福」ならばあまねく福とも読めます。)

それから蝙蝠の図柄は通常五匹飛んでいます。

これは「五福」すなわち、長寿・富貴・健康・徳行・天寿を表しています。バットマンとは何の関係もないのです。

次に「鵲かささぎ」の話です。

カササギは天の川伝説では、牛郎と織姫の為に橋になる話は日本でも知られていますが、それだけでなく目出度い鳥なのです。

さてその理由ですが、中国ではカササギは「喜鵲シーチュエ」と書きます。この「喜」の字が付くだけで充分、吉兆なのですが、さらにカササギの鳴き声は①客人来訪②喜事の前触れ。とも言われ目出度いのです。

さらに図柄としては、通常二羽が向かい合わせで描かれ、これで「双喜シュワンシー」すなわちダブルハッピーも表しています。

反対にカラスの鳴声は良くない事の前兆として、中国では嫌われています。中国からの留学生たちも、日本の都会にカラスが多いのは、かなり気になるようです。(鳩は食べてもカラスは中国料理も使わないようです)

まだまだ縁起担ぎの話がありますので、次回も続けることとします。

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 日本では数字の「4」は「死」を、「9」は「苦」に通じるとして、ホテルの部屋番号だけでなく、駐車場や

パチンコの台でも、このメンバーは敬遠されているようです。

欧米では、キリストを裏切ったユダが、最後の晩餐の13番目の人間に当たることから、「13」が嫌われる数字となっていることはよく知られています。

こんな日本や欧米の旅行客も考慮してか、私も何度か泊った台北のEホテルには、4階と9階がありません。(台湾でも「4スー」と「死」は同音です)だから14階建てなのにエレベーターは16までとなっています。

なお、中国では「9」は陽の数の最高の数(9月9日は重陽の節句、菊の宴)で、しかも「9ジュウ」は「久」と同音で「永久」に通じる目出度い数ですからむしろ歓迎される番号です。

それから「8パー」の発音と金持になる意の「発ファー」とは発音が近いところから「8888」なんて車のナンバーが金運をもたらすものとして、高額で取引されるのは、よくニュースになるところです。

こんなことを知りますと、今名古屋を中心として、中国人観光客相手に「昇竜道」なるプランを進めていますが、名古屋市のマークは「マルハチ」ですから、これも使えるかもしれません。

さらに中国人を対象として、ルートイン88なんてホテルを建てれば繁盛するでしょうか。

さて今回は数字に関係した縁起の話しでしたが、中国人の縁起担ぎは、これ位ではとても納まりません。

次回は蝙蝠や鳥のかささぎが登場する予定です。

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 「君子」という言葉は、もちろん漢語が日本語になったものです。
辞書でこの言葉を引きますと、いくつも良い言葉が載っていますので一度御覧になって下さい。
本場の中国でも「君子」の意味はもちろん同じですが、全部が日本語になる訳ではありません。そんな中から面白いものを二つ御紹介します。
先ず「君子自重」です。
このまま読んで「君子は自重(じちょう)しなさい」ですが、何のことか、どこに書いてあるか、お分かりになりますか。
日本では、盛り場なので一寸人気(ひとけ)のない、壁やシャッターにこれに相当する言葉が書いてあるのと言えばお分かりになりますか。
さらに、日本では言葉の代りに神様の鳥居の絵があると言えば、もうお分かりですね。
そうです「立ち小便お断り(無用)」のことです。
流石論語発祥の地だけあります。君子たるもの我慢しなければいけません。
高さや距離を競うものではありません。
なお最近の中国では「向前一小歩、文明大一歩」という標語を空港のトイレなどで目にされた方もいらっしゃるでしょう。
これは「文明」が「マナー」の意味と分かれば説明は不要でしょう。
中国は対句(ついく)が好きなのも御理解頂けますか。
そういえば、日本には「急ぐとも、心静かに手を添えて、外に漏らすな松茸の露」という立派な和歌?がありました。話を戻します。
 もう一つは、「君子動口、小人動手」です。
簡単に言って「動口」は口を使う、「動手」は手を出す位ですが、分かりやすく言えば「君子は言葉で、小人は腕力で物事を解決しようとする」です。
人格者は話し合いを旨とするのです。船をぶつけるとか、飛行機で異常接近するとか、領海侵犯を繰り返すなんて、すぐ実力行使に及ぶのは、小人(しょうじん)がやることなのです。

 

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 青木雨彦さんの本に「酒はめったに飲まない。飲むのは、月・水・金と火・木・土。では日曜はと言われると週にいっぺんしか」というジョークがあります。

私の酒もこれとほぼ同じですが、身体が小さいこともあり「斗酒辞せず」も「酒に別腸あり」ともいきません。

だがこの年までに、酒に随分とお金と時間を費やしたことには間違いありません。そこで「万事不如杯在手」すなわち「酒杯を手にしているものに、勝るものなし」と思えば、あまり自分を責めずに済みます。

さらに「一酔解千愁」すなわち「ひとたび酔えば、千の愁が消える」これは丁度日本語の「酒は憂いの玉ぼうき」に似ています。ということで、この年まで生きてこれた気がします。

それでは杜氏(とうじ)の語源ともなった杜康(とこう:酒の醸造を発明を発明したとされる中国の人。酒の別名)にまつわる中国語の諺を御紹介します。

「戒酒三年没有銭」

「戒酒」は酒をやめること。「没有」は無いの意味。それで「酒を止めて三年経っても金は無い(たまらない)。」すなわち「下戸(げこ)の建てた倉は無い」に相当します。だがやはり「吃酒三年没有銭」の方が正しいでしょう。「吃酒」は酒を飲むの意。すなわち「酒を三年も飲んでいれば金は無い」なるほど半世紀以上も飲んだ私に金が無くて当然か。さらに酒飲みに耳が痛い諺をあげると

「酒不酔人・人自酔」

酒が酔わせるのでなく、人は自ら酔うのです。さらにこの諺には下の句があってそれは

「色不迷人・人自迷」

翻訳は不要でしょう。自分の行為を酒や女性のせいにしてはいけません。みんな貴方次第なのです。

さて酒とタバコは、昔はつきものでしたがそれには「煙酒不分家」というのがあります。

これはタバコと酒は、他人と分けへだてしない。

共に楽しむもので遠慮するものでない。という中国人がよく口にする諺があります。だから中国人は

タバコを吸う時に、必ず隣りの人にすすめてから一服します。これをしないで自分だけで吸うとひどいケチと思われますから、タバコを吸う人は知っておいて下さい。

だが最近は中国でも禁煙(戒煙)する人が増えましたし禁煙場所も増えました。タバコに関してはもう一つ「香煙一逓説話和気」といって、タバコを相手にあげることによって、話がスムーズに運ぶという諺もあります。さて話しを酒に戻しますと

 

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 私が昔中国語を習った先生は、絵・書・胡弓も巧みで、科拳の試験が現在でも有れば、こんな人が合格するのだろうと思わせる才人でした。 この先生は講義の中で、中国が如何に優れているかに、よく言及しました。だから当時私の横の席の年輩の受講生が、先生そんなに中国が良いのなら、どうして中国へ帰らないのだろうと、つぶやいた事を今でも憶えています。

 そんな話しの中には、世界中の料理は、中国料理の中に全て有る、というようないささか夜郎自大的なものもありました。

確かに以前西安の宴会料理のコースで、日本の ぜんざい そっくりなものもありました。最近も胡錦潯主席御用達の店とかで、フランス料理といっても通用する前菜も食しました。

 まあこれ位のお国自慢は愛敬といえますが、現在の北朝鮮は論外として、韓国、中国での愛国教育はどんなもんでしょうか。 これらは一寸した事で裏返しの嫌日、反日に転じ易いですし、そうなった時に教育している手前、簡単に止める事も出来ない、まさに諸刃の剣の部分があります。

 これらの国に比べて台湾は、国としての微妙な立場も有るのか、そんな極端な愛国教育はしていないようです。又鄭成功(国姓爺・1624~1662)の母親は日本人でしたし、この時と国民党が金門馬祖両島を大陸反攻の拠点として以来、台湾が

戦場となった事はありません。こんな事も有ってか、台湾の人々の対日感情がすこぶる良い事は折紙付きです。

 翻って我が国ではどうでしょう。こちらは先の敗戦の反省反動でしょうか、むしろ愛国教育という言葉さえ憚る感じがします。私個人的には、日本人としてのアイデンティティの為にも、少しは有ってもしかるべきと思っていますが。

 まあそんな事よりも、ノーベル賞受賞者関連のニュースや、ワールドカップのサッカー、WBCの野球等に対する熱狂のような、一過性の愛国心?の方が無難といえば無難でしょうか。

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 これからの季節は酒がおいしいし、飲む機会も多くなります。そこで例によって、中国人が酒をどう思っているか、ことわざで見てみますと。

一酔解千愁。 「酒は憂いの玉箒」に相当、

         一と千の対比も中国らしい表現、

今朝有酒、今朝酔。 明日は明日の風が吹く、

             宵越しの銭は持たねえ、

酒有別腸。 このまま「酒に別腸あり」となりました。

        そして

酒后吐真言。 酒が入れば本音を吐く

酒后之言不可信。 酒席の話は信ずるべからず

    (前句と矛盾しますが どちらも本当なのでしょう)

酒不酔人 人自酔。 これには下の句が有って

         「色不迷人、人自迷」 うーん、なるほど。 

         酒色に溺れるのは 本人のせいで

         酒や○○に罪はありません。

酒能成事 酒能敗事。 だから酒は上手に飲まないと

          事をダメにもします。とは言いつつも、

酒是英雄胆。 酒を飲むと大胆になれる。 で、

酔翁之意不在酒。 酔っぱらいの気持は、もう酒には無い。

           あちらに有る (敵は本能寺)

           心当りの有る人も多いのでは

            (自分のことか)

酒逢知己千杯少。 でも 酒は話の通じる相手だと千杯でも

         少ない。となりたいものです。この句にも下の

         句があって「話が合わない相手には半句(半杯

         をかけてます)でも多い」

 

 如何ですか。 なお李白のような酒好きは「酒仙」と呼び、私のような単なる飲んべえは「酒鬼」と言います。

(中国語の~鬼は、ほとんど悪い意味です。 色鬼は説明不要でしょう。)

 話が落ちたところで、

 それでは皆さん、どうか良いお年を。

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 北京オリンピックは、厳重な警備とそれを可能にした大学生を中心としたおびただしい数のボランティアによって、何事もなく無事終了しました。そして予想通り、金メダルの数でアメリカを大きく引き離して第1位となりました。しかし、今振り返ってみると、何と言ってもあの開会式が、今の中国を象徴していたと私には思えます。

 中国映画を代表するチャン・イーモオ監督の演出による、中国ならではの人海戦術による数々の出し物は、おそらく空前にして絶後でしょう。あのショウの中で、中国古代の四大発明にちなんだ物がいくつもあったことも印象的でした。

 この四つは、言うまでもなく羅針盤、紙、火薬、活字印刷ですが、これを強調することが中国人のプライドに連なることは当然です。その線から見ると、あのショウの中で何十台もの丸い輪の自転車のような乗物も、指南車(注)と考えるべきかもしれません。

 ともかく、あの壮大な出し物を見た中国人にとっては、アヘン戦争以来の負の遺産が完全に払拭されたことでしょう。また中国人自身もよく口にする落后(立ち遅れている)中国も、完全に先進国に追い付いたとの自信を持ったことでしょう。

 そして政府としても、なんとしてもこのオリンピックを成功させるために、競技場での空港よりも厳しい荷物検査や、臭い物に蓋式の、マイナス部分を一切人目にさらさせない方針も、このためには止むを得なかったのかとも思います。

 だが2年後の上海万博も控え、かなり無理をしたツケは、今後どのような形になるのかも気がかりではあります。

 (注)指南車とは、磁石の応用で常に南を指す車を発明し、これにより中国人の始祖と言われる黄帝が、霧の中での戦いで敵に勝った故事があります。これから「指南」とか「指南役」という言葉が今も生きています。 

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 香港のディズニーランドは、日本人はあまり行かないでしょうが、ツアーで同行の人たちが行くというので、何の予定もない私も合流しました。地下鉄と電車を乗り継いで9時半頃に着きましたが、10時の開門まで待たされました。

 入場料に65歳以上のシニア割引があって、日本円で 2,500円くらいと皆さんより 1,000円くらい安くなりました。なお、シニアの名称はここでは「長者」となっています。これは①年配者・年長者の意味で、それ以外に②徳のある人の意味もありますが、日本語の「金持ち」の意味はありません。もしそうでしたら②もない私は、割引を受ける資格がないことになります。そして何より残念だったのは、切符を買う際に、年齢を証明するものの提示を求められなかったことです。せっかく本当のパスポートも持っていたのに。

 さて、その規模は、東京に比べてかなり小さいです。シンデレラ城もかなり小粒で、城の内部を回るコースはなく、単に門の役目だけです。ジャングルクルーズ以外は、ウイークデーであることを割引いても、ほとんど待ち時間はありません。ミッキーやドナルドとかのツーショットもすぐ撮れます。ただし暑さのせいか、これらのぬいぐるみの人たちの動作が、今ひとつ緩慢に感じたのは私だけではなかったようです。香港はなにせ湿度の高い所で、足の水虫の別名が「香港脚」というくらいですから。

 それから、よせばいいのに年甲斐もなく乗ったスペースマウンティンでは、少し気分が悪くなりましたが、スモールワールドや立体映画劇場などはなかなか良かったですよ。そして3時頃にはまた九龍に戻りました。

 この後は、前回書きました海鮮料理のディナーと船からの夜景見物と夜食で、最終日の行動は終了しました。

 さて今になって振り返ってみると、香港で何度も乗った地下鉄では、窓には「席を譲りましょう」という標語のステッカーがいっぱい貼ってありましたが、一度も席を譲られなかったことが、なぜか気になります。2年前の台北では、何度も嫌になるくらい席を譲られましたが…。この辺にも、私の台湾贔屓の理由があるのかもしれませんね。

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 マカオから香港に戻り、九龍公園近くのホテルに入りました。ここで荷物を置き、とりあえず地下鉄でビクトリアピークに向かいました。地下鉄の駅から山麓駅までの道が判り難くて、折からの雨もあり、もう少し案内標識があったらと感じました。

 登山電車は昔のままで、欧米人らしい人たちも数多く乗っていました。山頂に着いても雨では展望も悪く、夜景まで待つ気も失せて、早々にホテルに戻りました。

 そこでばったり会った同行ツアーの人たちが「女人街」へ行くというので一緒しました。

ここは雑貨や服飾品等の屋台風の店が軒を連ねる市場です。店の裏まで行くと、偽ブランド品のカタログまで見せてくれるのに感心?しました。そんな風で「女人街」は文字通り、女性にはきっと楽しいところでしょう。

 私はここで、ケータイのストラップをたくさん買うからと、4分の1の値段にさせることに成功しました。情けない話ですが、海外でも高いものを買った経験がありませんので。

 この後、たまたま道を尋ねた親切な若夫婦に、地元の人が行く「鳳城酒家」という中国料理店にまで案内してもらいました。

 満席のお客でしたが、相席にもしないで4人の一卓を用意してくれ、セット料理が値打ちだと勧められそれにしました。フカヒレスープもついて一卓で丁度1万円くらいで、大正解でした。この店と翌日の夜食に行った、東京にも出店しているらしい「糖朝」という店はおすすめです。

 これらに比べて、翌日船で島まで渡って食べた海鮮料理店は、味はともかくボリュームと値段で失格でした。

 オプショナルツアーは、昨年の桂林もそうでしたが、大体値段と内容が一致しない方が多いようです。

 さて食事とアルコールが入れば、例によって寝るだけの私は二日目も終わりです。

 次回は香港ディズニーランドのお話を。

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