酒にまつわる中国の諺

 青木雨彦さんの本に「酒はめったに飲まない。飲むのは、月・水・金と火・木・土。では日曜はと言われると週にいっぺんしか」というジョークがあります。

私の酒もこれとほぼ同じですが、身体が小さいこともあり「斗酒辞せず」も「酒に別腸あり」ともいきません。

だがこの年までに、酒に随分とお金と時間を費やしたことには間違いありません。そこで「万事不如杯在手」すなわち「酒杯を手にしているものに、勝るものなし」と思えば、あまり自分を責めずに済みます。

さらに「一酔解千愁」すなわち「ひとたび酔えば、千の愁が消える」これは丁度日本語の「酒は憂いの玉ぼうき」に似ています。ということで、この年まで生きてこれた気がします。

それでは杜氏(とうじ)の語源ともなった杜康(とこう:酒の醸造を発明を発明したとされる中国の人。酒の別名)にまつわる中国語の諺を御紹介します。

「戒酒三年没有銭」

「戒酒」は酒をやめること。「没有」は無いの意味。それで「酒を止めて三年経っても金は無い(たまらない)。」すなわち「下戸(げこ)の建てた倉は無い」に相当します。だがやはり「吃酒三年没有銭」の方が正しいでしょう。「吃酒」は酒を飲むの意。すなわち「酒を三年も飲んでいれば金は無い」なるほど半世紀以上も飲んだ私に金が無くて当然か。さらに酒飲みに耳が痛い諺をあげると

「酒不酔人・人自酔」

酒が酔わせるのでなく、人は自ら酔うのです。さらにこの諺には下の句があってそれは

「色不迷人・人自迷」

翻訳は不要でしょう。自分の行為を酒や女性のせいにしてはいけません。みんな貴方次第なのです。

さて酒とタバコは、昔はつきものでしたがそれには「煙酒不分家」というのがあります。

これはタバコと酒は、他人と分けへだてしない。

共に楽しむもので遠慮するものでない。という中国人がよく口にする諺があります。だから中国人は

タバコを吸う時に、必ず隣りの人にすすめてから一服します。これをしないで自分だけで吸うとひどいケチと思われますから、タバコを吸う人は知っておいて下さい。

だが最近は中国でも禁煙(戒煙)する人が増えましたし禁煙場所も増えました。タバコに関してはもう一つ「香煙一逓説話和気」といって、タバコを相手にあげることによって、話がスムーズに運ぶという諺もあります。さて話しを酒に戻しますと

 

 「酒后吐真言」

酔うと本音が出るという意味です。だが

 「酒后之言不可信」

といって、酒の上の話は信ずべからず。とも言ってます。諺が矛盾しますが、時によりけりでどちらも正しいのでしょう。

「酒能成事、酒能敗事」

酒は事を上手くも運びもするし、駄目にもする。と言ってます。

しかし、半世紀以上の経験者としては、失敗することの方が、はるかに多かった気がします。だって

「借酒談心」及び「酒是英雄胆」

「談心」は心中を打ち明けるの意。それで、前者は「酒の勢いで本音をはく」で後者は「酒は(英雄のように)大胆になれる」ということで、これによって失敗した人は、私だけでなく多くの酒飲みに当てはまるでしょう。

さて、そろそろ酒に関する良い諺が欲しいですね。それでは

「酒逢知己千杯少」

はどうでしょう。これは「酒は知己(ちき。己を知ってくれている人)と飲めば、千杯飲んでも足りない」これには言外に対句の

「話不投機半句多」

があって「投機」は気が合うの意で「話が合わない奴だと、半句でも多い」が含まれていて、大変良い文句です。だから宴席でこう言って「乾杯」すれば、大受けすること保証します。但し、まだお前は千杯飲んでいないと言われて、酔いつぶされる危険を覚悟して下さい。

最後に酒だけではどうも、つまらんという方には

「酔翁之意不在酒(在乎山水之間也)」

という欧陽修の詩からきた諺を紹介します。意味は文字通り「酔った翁(男)の目的は、酒にはもう無い。(本心は「山水の間」にある)」ですが、何時の頃からか「山水の間」は「佳人」を指すようになったようです。だからこの諺をいつ、何処で、誰に使うかは、貴方におまかせします。

なお「お酒飲む人、しんから可愛い 呑んでくだまきゃなお可愛い」に相当する中国語の諺は残念ながら無いようです。

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