2011年10月アーカイブ

欠点欠陥には目をつぶる

 

 私という人間は、つらつら考える迄もなく、これまで人や物事をほめる事をしてこなかったと思います。以前書きましたように、折角花火大会に招待されても、やれ暑いの、尻が痛いのと言って、花火をほめる事も、場所取りに苦労した人への礼も忘れるような未熟者です。このような事は、好きな旅行についても言えます。景色の良さや歴史の重みを感じる前に、ホテルのサービスや料金の文句が先に立ちます。

 

 身近な事では、同居者が珍しく新作の手料理を作っても(恐れ多くも)出来上がりを批判してしまい、新しいことに挑戦した努力をほめる事を忘れてしまいます。これでは食卓に新メニューが増える道理がありません。

 

 一方自分自身はどうかと言いますと、少しでもほめられたと思うと、かなり舞い上がります。このブログにしても、「毎回見ています」と言われただけで、月二回を三回に増やす始末です。まぁこれはこれで、私のぼけ防止に役立ちますので大変有難いことです。

 

 これは余談ですが、このメールの原稿は全て夜中に目が覚めた時に考えています。だから私の三上(さんじょう)は、馬上(乗物の中)厠上(しじょう トイレの中)は無く、沈上(ちんじょう)のみです。

 

 閑話休題、最近もこんな事がありました。

あちこちの年表から私がローカル版の「昭和平成年表ノート」なるものを作りました。これを私の友人が、字が大きくて読み易いと言って呉れたので、20冊も重たい思いをして届ける事もしました。

 ほめられたと思えば、私もこれだけの事をする訳ですから、今後は人様や物事に対して、ほめる事を増やすべきと思う今日この頃です。

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繰り返す

 

 私は若い時に、新郎が引き立つという主な理由で、結婚披露宴の司会を何度もやらされました。引き受けた当初は、御多分に洩れず、司会の心得のようなものを読んで、それをなぞる事に腐心しました。

 

 それはまず普段は使わない敬語でした。御媒酌人の御挨拶を頂戴致します…の類です。

ついでお目出度い席では、口にしてはいけない言葉に注意です。例えば、切れる、分かれる、終わる等です。だからケーキは入刀で、中締め、お開きなどです。

 

 しかし何度か場数を踏んで、もっと大切な事が有ることに気付きました。それは第一に、どんな人達がこの場にいるかという事です。出席者の名簿は受付でもらいますが、肩書きだけです。ですから新郎新婦にあらかじめ、どんな人なのかを聞いておいて、宴の進行中に可能な限り紹介するようにしました。

 

 そして最も注意したのは、媒酌人から始まる人達のスピーチの内容でした。そしてその話の聞かせ所を、司会の間に繰り返すという事に傾注しました。その訳は、披露宴は皆さん御承知のように、最初の間こそスピーチをまあ聞いてはいますが、酒が入りますとほとんど聞いてません。よほど上手いか、有名人以外は、静かに聞いてもらうのは無理です。

 

 しかし、しゃべった本人は別です。あらかじめ頼まれていますから、準備をしていますし、結果が気になっています。だから司会者が繰り返して言ってくれれば、自分の話が届いた事が確認出来て、ほっとしますし、うれしくもなります。

 

 実際この繰り返しをやりますと、該当した人が、司会者も一杯飲めよとも言ってくれます。時には、良い司会者だった(その人にとって)とも言ってもらえます。しかし、二次会まで誘ってもらった事は、めったにありませんでした。

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着ている物をほめる

 

 今、二組のカップルが擦れ違ったとします。

すると男は相手の女性の顔を見ます。女性も相手の女性を見ます。しかも一瞬の間に。頭のてっぺんから足のつま先まで見てしまいます。と私は思っていますがどうでしょう。

 

 さて今回のタイトルですが、これはあのサッカーの長谷部選手や、「もしドラ」の著者も愛読している、カーネギーの本にも載っていた気がします。

 

 しかしこれを実行するのは易しくはありません。大体、着ているものより、着ていない状態に興味を持つやからには無縁の話しです。(これは冗談です)

私自身について言えば、絹と麻と木綿の区別もつきません。アスコットタイをマスコットタイと言うような男です。この年になって、女性や子供の和服の袖のわきあきを「身八つ口(みやつくち)」と呼ぶという事を教わりました。知っていても何の役にも立ちそうもありませんが。

 要するに商品知識がまったく無い男では、何をどうほめて良いのか皆目見当がつきません。

 

 最近もこんな事がありました。

ある宴席が終わって帰ろうとした時に、大先輩につかまりました。そして居合せた和服の妙齢の御婦人ともども、錦のスナックに連れて行かれました。時間が遅いので、客は我々三人だけでした。そしてカウンターに座るやいなや、ママとこの御婦人の着物談議が始まりました。老人二人は、所在無いので水割りばかり飲んでいました。

後日、この御婦人にお会いしたところ、この店にもう一度行ってみたいような口振りでした。私は店の名前も、どの辺のビルだったかも、まったく憶えておりません。

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