2011年4月アーカイブ

 ゆとり、もしくは余裕 

 私でも若い時に、登山の真似事をしたことがあります。その時に三つのゆとりという事を学びました。まず日程です。日程に余裕が無いと、どうしても無理な行動をして、事故につながります。従って食料も余分に持って行く必要があります。そして体力は常に余分を残して置くの三つです。登りに全力を使ってしまうと、何かの事態で急に下山を要する時に、文字通り立ち往生してしまいます。それでも南アルプスの鳳凰山に登った時のことです。天候の急変で頂上をあきらめて下山しました。すると来た時は跨いで渡れた小川が、腰までの濁流に変っていました。しかしその後はもっとひどくなり、下山が遅れた何十人かは、山小屋に何日も足留めされました。

 さて話は今度の大災害になります。あまりに悲惨ですので、触れるのは気が重いです。しかし原発のことについては、何か言いたいのは、皆さんも同じではないでしょうか。

 先日もこんな記事を目にしました。それは原発の建設中の裏話のようなものです。それによると、工事作業中の人が、トイレの場所が遠くて行くのが面倒なので、現場での立小便が往々にあって鉄板が腐食した。とありました。実はこの手の話は、高層ビルの建設中では常識だと、聞いた事がありました。ということは、この行動を容認していた監督側も、ビルを作るのと同じ感覚だったという事でしょう。

 もう一つ、原発は反対運動もあっての建設でした。だから絶対安全を謳い文句にしていました。だが絶対という言葉は、どんな事態が生じても大丈夫という事です。なのに「想定外」を口にするのは、まさに「矛盾」の語源と同じではありませんか。

 いずれにせよ起きてしまった事はどうしようもありません。この上は、これからどうして行くのか、日本という国のあり方そのものが、問われている気がします。

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 優しくなければ生きる資格なし

 

 この言葉は御存知の方も多いと思います。多分その方は、「タフでなければ生きてはいけない。優しくなければ生きる資格はない」と記憶されているはずです。これはアメリカのチャンドラーという推理小説家(1888~1959)が、私立探偵フィリップ・マーローのシリーズで、主人公に言わせた台詞(せりふ)です。映画では確かハンフリーボガードが演じていました。この作家は、主人公に気のきいた台詞を時々言わせるのですが、この言葉は今でも立派に通用すると思います。人は強いばかりではいけません。自分だけ良ければよしとする、思いやりの無い人間が増えている昨今、特にその思いがします。

 そう言えば、徒然草でも兼好法師も、友とする者に悪(あ)しきものの三つ目に、「病なく身(み)強きもの」を掲げています。そうです、健康自慢のような人は、他人の痛みとか苦しみ等が、往往にして分からないのです。その上、体の弱い人を、軟弱な人間だと非難することさえやりかねません。

 余談ですが法師は、悪しき友として四つ目に「酒好(この)む人」を掲げています。私はこれは、法師自身が下戸なのか、当時の酒は、現在の酒に比べて、悪酔いをしたのではなかと想像しています。

 そんな話はともかくとして、人に対しては優しく、自然に対しては敬虔(けいけん)な気持を持たない者は、生きる資格が無い。とこの度の大災害に際して、深く感じました。

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