2011年1月アーカイブ

   題名が題名ですので、過日映画館まで足を運びました。以下は映画のストーリーを別にした、私の感想のようなものです。

その一. 幕末の加賀藩には、御算用者という現代でいう会計担当の武士が、150名もいたという事実に驚きました。なるほど加賀は百万石の大大名で、能登などの出先も含めると、それ位の数が必要かもしれません。しかしそれにしても多い人数です。

 私はそれについてこんな風に考えました。

まず我田引水的にみれば、会計という仕事がそれほど大切で、算盤を手にした特殊技能が必要とされるという事でしょうか。それから当時の帳簿記入は当り前の話ですが①横書きでなく縦書き②1、2、3でなく壱、弐、参③ペンでなく毛筆です。これではいくら能筆といえど時間が掛ります。さらに当時既に現代の複式簿記に近いものが、日本にも有ったようですが、そのやり方が現在より優れていたとは思えません。(福沢諭吉が「帳合之法」と翻訳したのは明治6年。) この上さらにパソコンを利用すれば、事業仕分けをせずとも、150名は大幅にカット出来るでしょう。

その二.映画の中で、何度か台所と食事の風景が登場します。もしこの場面で、流し台に水道を付け、畳の上に円い大きな卓袱台(ちゃぶだい)が有れば、私の子供時代とそっくりです。なにしろ我が家に、毎日氷を一貫目、二貫目と買わねばならぬ冷蔵庫が来たのは、私が中学生の時でした。さらに映画にもそんな場面がありましたが、表を通る豆腐屋や魚の行商人を、呼び止める役を私はよくやらされました。

 以上のような事をみますと、私達の生活が今のような西洋風になってから、まだ半世紀位だったという事も気付かされました。

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 長い耳が特徴のウサギは、おとなしいので狭い所でも飼うことが出来ます。だから昔、私も小学校で餌やりをやった記憶があります。しかし犬や猫のようにペットの主流ではありませんので、ウサギのスターとしては、ピーターラビットとかミッフィー位でしょうか。そう言えば40年位前までは、街をラビットスクーターが走っていました。それに男性には、バニーガールも有りですね。

 さてこの先の話は、ウサギ年の方には、あらかじめお詫び致します。

 ウサギの出てくる昔話の「ウサギとカメ」の話は、カメさんの、出雲神話の「因幡(いなば)の白兎」(注1)の話は、大国主命(おおくにぬしのみこと)のそれぞれ引立て役です。

 言葉の上でも「二兎を追う者は一兎も得ず」や「脱兎の如く」だったり、日本の家屋の狭さをヨーロッパから「ウサギ小屋」なんて呼ばれたりしました。それからすると、マンションの我が家は「ウサギ部屋」と呼ぶべきでしょうか。

 古い話では、漢の成立に功績のあった韓信が、非業の最期をとげた時につぶやいた言葉は「狡兎(こうと)死して走?(そうく)烹(に)らる」です。この場合「狡」の字は、すばやいという意に解すべきでしょう。

 さて最後に兎の名誉の為に、中国のことわざを紹介します。それは「賢い兎は三つの巣を持つ」というものです。これを「鶏鳴狗盗」(注2)で有名な孟嘗君は実践して、いざという時の為に、三つの逃げ道を作り、その後の凶事に逢っても吉に変えた。と子供向きの絵本にも載っています。

 

 (注1)(注2)は広辞苑などを御覧下さい。

なお(注2)の話から、百人一首で清少納言は「夜をこめて鳥のそらねははかるとも、よに逢坂の関はゆるさじ」と詠んでいます。

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