2010年5月アーカイブ

 いろいろ

 同年代の有名人が次次と亡くなるニュースを見ると、嫌でも自分の来し方を思わずにいられません。そうしますと、何事につけても私は「力一杯」にやらなかった事にも気付きます。それは(試験・受験)勉強もそうですし、仕事の面でも言えます。80%も努力すれば上出来で、大抵50か60%程度だったと思います。趣味においてもその事が言えます。スキーは生来の運動神経の無さに加えて、リフト待ちで、ポケット瓶で一杯やることを覚えてからは、上達どころではありません。部活までやった囲碁にしても、有望な新人のはずでしたが、雀荘に入り浸るようになっては、万年補欠も致し方ありません。今も続いている中国語にしても、聞く、話す、書く能力に乏しいので、もっぱらことわざ類を集める事をぼちぼちやってます。そんな私が

「火事場の馬鹿力」を発揮した事も皆無なのも当然の結果です。この言葉 元々緊急の時に、本来持てないような荷物でも担ぐ力が出る事を言うのでしょうが、幸か不幸か、そんな状況も私には無かったようです。

 そして仕事としている会計や税務の世界も、過去から現在までの数字を整理する事を旨としているせいか(と自己弁護)「判断力」「創造力」「想像力」「先見力」等々も欠落していたと自覚してます。唯一、バブル期の初期に、土地、株、ゴルフ会員権等について、異常だと断言して、何一つ手を出さなかったのも、単に手許にキャッシュが無かっただけなのです。

 こうして振り返ってみますと、私に当てはまるのは「非力」「力不足」「力及ばず」等のマイナスの言葉ばかりです。そう 忘れていました、「力のある文章」も書いた、書けた記憶がありませんでした。

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 宝、お宝そして宝物

 何々は私の宝物ですとか、町の宝、国の宝なんて言葉があります。それは品物や人や遺産であったり、目に見えない物であったりします。という事は、宝という言葉には、大切な物、貴重な物という意味も有るという事です。

ところで私はこの宝という言葉を聞くと、真っ先に連想するものが有ります。それは子供の時に夢中で読んだ、ジム少年が大活躍するスティーブンスンの「宝島」であり、手塚治虫の「新宝島」なのです。余談ですが、私は手塚さんのこの漫画の初版本を持っていました。それが相次ぐ引越しの間に無くしてしまいました。もし保存状態が良くて今手許に有ったら、それこそ「お宝探偵団」に出品できたのに残念。そんな訳で私にとっての宝物という言葉は、キラキラ輝く宝石や金貨の山です。

しかしこれですと、私はまったく宝とは縁が無いことになってしまいます。持物で一番高い品は、多分いつもかけている眼鏡でしょう。昔だったらスキー用具だったかもしれません。又高額な買物といえば、もう30年も経っている自宅マンションか、家人が乗っている車、私もよく見ているテレビ位でしょうか。おっと忘れていました。時々出掛ける中国や台湾への旅行費用も、メガネより高いかもしれません。

 そこで自分自身の宝物として何かないかと考えてみますと、やはり月並みですが、「家族」と「健康」という事になりそうです。しかしこれとても、将来どうなるか分かりません。特に健康については、自分の年令からみて、塩分や糖分を控えている程度では、いつ何か発病してもおかしくありません。ということで、大切にするものとして、さらに教科書的に「感謝する心」位に落ち着きそうです。

 ところで貴方にとっての宝物は何ですか。

 

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