2010年2月アーカイブ

 今ホテルに泊りますと、国内国外(と言っても私は中国と台湾だけ)を問わず、朝食は大体バイキング方式です。そこでの皆さんの食べる量は、私の倍位は召し上ってます。それでは酒ではどうかといいますと、幸か不幸か私の酒量は、身体の大きさに比例しているようで、多くは入りません。しかしこの事を忘れて、若い時は限度超過を時々やって、尾籠(びろう)な話しですが、夜中に小間物屋を開く事がありました。先月久し振りにこれをやって、家人にひどく叱責されました。

 ところが酒に関しては「酒に別腸(べっちょう)有り」という古いことわざがあります。この意味は、人間の腹には食べ物とは別に酒が入る腸があるようだ。だから酒の入る量は体の大きさに関係無い。という事です。 という事で、このことわざは、酒を相手に勧める時にも使われます。しかしながらこの言葉は、私自身の苦い体験から人に使った事はありませんし使えません。

 話しは以上で終りですが、この言葉に似た言い方に、「別腹(べつばら)」というのを時々聞きます。昔は聞かなかった言葉ですので調べてみますと、

 2003年刊の「日本俗語大辞典」で「お腹が一杯でも甘い物など好きなものなら、まだ食べられること。あまり地域差がなく、10年程前から使われている」とあります。

 又広辞苑の第5版では「べつばら」は「別腹(べっぷく)を見よ」となっていて、そこには「父を同じく母の異なること」の意味だけでしたが、第6版(2008年1月出版)で ②として「満腹であっても食べる余地があること」が採録されています。

 こうしてみますと、あと数年も経つと、①の意味が消えて、②の意味だけが辞書に残るような気がします。

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 昔、学校で「言文一致運動」というものを習いました。それは明治時代に、それまで使われていた「候文(そうろうぶん)」などの文語体の文章から、話し言葉で文章を書こうというものです。その運動の代表的な作家が、二葉亭四迷や尾崎紅葉と教わりました。

 さて前置きはこれ位にして

今から40年ほど前に、加山雄三の「僕は幸せだなあ、僕は君と一緒にいる時が一番幸せなんだ‥‥」や、坂本九の「幸せなら手をたたこう‥‥」という歌が大流行しました。最近でも醤油のTVコマーシャルに「幸せって何だっけ‥‥」というのも有ります。

 これらの「幸せ」という文句を「幸福」に置き換えても、意味は同じでしょうが、何かしっくりしません。この例だけで結論づけるのは乱暴ですが、私は「幸福」という言葉は書面語に近いのではと思っています。だから私に限らず皆さんも、「幸福」というセリフはあまり使っていないのではと想像します。しかし「君をきっと幸福にしてみせる」なんて文句で、奥さんをゲットした人がいるかもしれませんが‥‥

 そう言えば、美しい物を見た時の「眼福」や、おいしい物を食べた時の「口福」、私には一生縁が無かった「艶福」なんて言葉も、すでに死語になったような気がします。

 ともあれ「幸福」の度合いは、「欲望」の度合いに反比例すると思われます。そうなりますと、今の私のように、酒を含めた「食欲」以外は無くなっている者は、それなりに「幸福」いや「幸せ」と言うべきでしょうか。

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