2008年3月アーカイブ

 さおだけ屋の山田さんや森永卓郎さんが、同じようなことを言ってます。それは「1%の値引きを行うより、100人の内1人をタダにする方が、販促としての注目度は高いでしょう」という事です。これは一見もっともらしいのですが、ある条件が必要です。

 例えば、電気製品などの販売店が有ったとします。ここで1日の売上が100万円で、買上客が100人だとします。この場合、1人のお客を抽選で無料にして、はたして1%の値引きと同額でしょうか。

 そうです。もし当ったお客が5万円の買上客なら5%の値引きに相当しますし、5千円の客なら0.5%の値引きで済んでしまいます。

 それではこの算式がに成り立つのはどんな時でしょう。もうお判りですね。例えば名古屋~北海道間の航空運賃を、100人中1人をタダにする、なんて時には正しい算式となります。

これは考えるまでなく、平均を出しても意味がない場合なのです。

 又こんなケースではどうでしょう。グラフがフタコブラクダのような曲線を画く場合です。現在よく言われる二極化とか格差社会の各種統計です。このような形の時に、そもそも平均を採ることに意味がありません。

 或いは1年の売上を365日で割るのも、営業日数とか稼動日数を考慮しないと、休みの日にも売ってしまうことになります。

 その他、営業1課の中に新人が配属されたり、ビックユーザーを1人が担当しているような場合は、売上を頭数で割った平均は意味をなしません。こんな場合は平均値ではなく中央値を採るべきと教えられています。

 あれやこれやで、平均を持ち出したり、算出する時は、「ほんまかいな」と疑う位で丁度良いのでは。

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 よく知られている言葉に「知人10万、友人100万、信者1億」というのがあります。これは説明するまでもなく、知人、友人、信者、それぞれの価値がそれ位あると言っているのです。

 確かにある種の宗教の財力や、以前のオウムのような優秀とされる人が、あのような反社会的活動までするのを見ると、決して1億円も誇張でないような気がします。

 ところが今回の赤福の営業再開時の人気を見ていると、この言葉に「フアンうん万円」を追加したいと思うのは、私だけではないでしょう。

 さらに企業もフアンを沢山持つべきと思わずにいられません。だってプロ野球なんかも、負けても負けても見捨てない某球団のフアンや、金に飽かせて選手を補強しても、フアンなりやこそ、非難どころか、優勝の期待が膨らむのです。

 さて、私自身の話しに戻しますと、この年まで生きてますと、知人は何百人かいますが、友人と呼べるのは数少ないですし、信者は残念ながら一人もいません。

フアンもおそらく、ボランティアでやっている某講座の受講者の中の数人位でしょう。いや、これもひょっとすると、零かもしれません。

特に私の最も身近かにいる人を、フアンにする努力を怠ったつけが、最近とみに顕著です。

もしフアンだったら多少の誤ちが有っても、大目に見て呉れたでしょうに。

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 あの赤福事件の報道の中に、赤福の年間売上 80億円、従業員 400人という数字がありました。これを見て皆さんは何を思われましたか。

 以下、私の考え方の一部です。

 まず80億円を365日で割りますと、約2200万円となります。これは1日当たりの売上、すなわち日商です。1人当たりの買上金額は判りませんが、もし1人1000円買うと仮定しますと、2200万円÷1000円で 22,000人が買うことになります。これはもの凄い人数です。

 もう一つ大事な数字があります。それは80億円を400人で割ります。これは2000万円です。この数字は売る人や作る人以外の、いわゆる間接部門の人も含めた、1人当たりの売上金額です。

 以前にも書いたように、トヨタや商社のように、1人当たりの年間売上が1億円を越す会社もありますが、普通は1000万円から1億円までです。これは粗利益率(注)が高い会社から低い会社になるに従い、売上は高くなければなりません。通常の粗利益率ですと、売上は3000万円とか4000万円は欲しいところです。

 ところが赤福は1人当たり2000万円で、しかもかなり利益を出していたようですから、粗利益率はおそらく50%前後ではないかと想像されます。ちなみにトマトジュースで有名なカゴメは丁度50%の粗利益率です。

 以上、割り算だけでも会社の数字が 身近かなものになりませんか。

(注) 売上-売上原価(製造原価)=粗利益額 又は 売上総利益とも言う。

    粗利益額÷売上=粗利益率(売上総利益率)

   例  800円の原価のものを 1000円で売れば

      1000円-800円=200円 (粗利益額)

      200円 ÷1000円= 20% (粗利益率)

 

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 前回のカーネギーの「人を動かす」という本に関係して、私はこんな風の分類を考えてみました。

S.A :( スペシャル 又は スーパーA )

 この本を読まなくても、この本が説く事を実行している人、実行出来る人。

 A : この本を参考にして、実行する人、実行しようとする人。

 B : 読んだ時は感心したが、実行もしないし、すぐに忘れてしまうような人。私も含めておそらく一番多いタイプ。

 C : 読んでは見たが何も感じなかった人。(但し、この内には非常に個性あふれる人も存在する)

 D : 読んだか、読まないかに関係なしに、この本の説く事と反対のことばかりして、損ばかりする人。

なお 以上の他に

 この本とは無縁に生きて、いわば天衣無縫に振る舞って、しかも人を魅了出来る S.A

 例えば、車寅次郎こと寅さん、釣りバカ日誌の浜ちゃん、はだかの大将の山下清、テレビで見た事は無い 詩仙といわれる李白のような人達。

 もっとも寅さんと李白を同列に扱うのは、異論があると思いますが。

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 ハウツー物を読むのを読書とは言わないと、友人が言ったのは、以下のような理由だろうと考えています。

 今、ケータイ ※ の取扱い説明書などは、ものすごい厚さがあります。しかし あれを読んでも 誰も読書とは言いません。そうです、彼はきっとハウツー物も、この種の説明書の延長位と考えているのでしょう。

 ここで少し大胆の事を言えば、評判の「女性の品格」などを読むのも、読書とは呼ばないかもしれません。

さらにもっと大胆の事を言わして頂ければ、多分出版社の強い要請でしょうが、あんなに柳の下のどじょう式に 品格の本を出すのは「たしなみ」とか「つつしみ」に欠けると思うのですが 如何。

 閑話休題、ところでこの種のハウツー物の元祖とも言うべき、カーネギーの「人を動かす」という、大ロングセラーは、私はあれはあれで大変良い本だと思っています。

心理学とか人間関係論などと堅苦しい事を言わず、誰にでも判る例え話を通して、人間とはこういうものだと教えてくれる気がします。まだ読んだ事のない人は、立ち読みでも結構ですから、一度手にしてみて下さい。

 ※ ケータイは 携帯電話ではなく、パソコンと同様に カタカナで呼ぶべき日本語となってしまったようです。

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 これは欧陽修(おうようしゅう 1007~1072)の言葉で、意味は酔っぱらいの気持ちはもう酒に無く(眠りたい)です。これが後の世になって、いつの間にか私のような品性の無い男どもの、酒はもう充分だからあっち、すなわち「敵は本能寺」の意味に使われるようになりました。文学的表現で露骨でないので、中国出張のビジネスマンに、こっそりこの言葉を教えたりしています。(今回の発信は、出来ることなら女性には読まれたくありません) さてそこで

① 名古屋の桜の名所に、鶴舞公園という処があります。ここは昔ながらのお花見が出来ますので、開花中は大変な人出となります。会社によっては、朝からの場所取りが、新入社員の初仕事となるとこもあるようです。

 以前、某会社がここでお花見した時のことです。私も誘って頂いたので参加しました。ところが宴の最中で、私は酔翁となって行方不明となってしまいました。この件では某部長に大変御心配をかけたようで、申し訳ありませんでした。なを現在は、こんな元気はありません。

② 名古屋駅の東に、伏見という町があります。ここに日本三大居酒屋の一つと言われる「大甚」という店があります。近年も文芸春秋のグラビア頁に載りました。ここでいつものように一人で飲んで、ぶらぶら東に向かって歩いた時の事です。明治屋の前で某会社のどなたかの送別会に遭遇しました。よせばよいのにこれに合流してしまいました。このときは一人で帰れないような醜態になったようで、御面倒をおかけしたそうです。ほんとうにすいませんでした。いまはこんな「酔翁之意在酒」の体力はありません。

 といった事で、今の私は酔ってからは、この詩本来の意味でしか行動しませんから、安全かつ安心です。でもこれって一寸つまらないし、寂しい気がしませんか。

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